2012年02月16日
市川新松さんがラジオで紹介されてました
きのう、TBS系列のラジオを聴いていたら
リスナーからの便りで市川新松さんが紹介されていましたね
http://kotobank.jp/word/%E5%B8%82%E5%B7%9D%E6%96%B0%E6%9D%BE
少しでも当時の状況を知ることが出来るといいけど、
次は山梨の師範学校の歴史を調べれば良いのかな?
リスナーからの便りで市川新松さんが紹介されていましたね
http://kotobank.jp/word/%E5%B8%82%E5%B7%9D%E6%96%B0%E6%9D%BE
少しでも当時の状況を知ることが出来るといいけど、
次は山梨の師範学校の歴史を調べれば良いのかな?
タグ :市川新松さん
2012年01月05日
磐田お宝見聞帳
磐田市の特定非営利活動法人磐田まちづくりネットワークに
このブログの足立喜六について載せてもらっています
ちょっと所在地に間違いがあるけど、まあ いいか。
http://otakara-iwata.net/index.php?FUNC=Detail&Id=110
このほかにも地元の歴史上の人物とか
史跡の情報が紹介されていますよ。
このブログの足立喜六について載せてもらっています
ちょっと所在地に間違いがあるけど、まあ いいか。
http://otakara-iwata.net/index.php?FUNC=Detail&Id=110
このほかにも地元の歴史上の人物とか
史跡の情報が紹介されていますよ。
2011年08月22日
越前市武生公会堂記念館にて
足立喜六と繋がりがあった方の展示があるということで
武生に行ってきました。
水晶学者「市川新松」展です。
開催は~9月4日まで
関係はというと、喜六が山梨師範学校理科主任を務めている時に
市川さんと一緒に水晶の研究をしていた言うことでした。
http://www.city.echizen.lg.jp/office/090/030/koukaidou/h23_itikawa.html
直接の担当の方は不在でしたが
スタッフの方の案内 ありがとうございます。
展示室内の様子 スタッフに許可を取って遠目に撮っています
基本は撮影禁止です。

武生に行ってきました。
水晶学者「市川新松」展です。
開催は~9月4日まで
関係はというと、喜六が山梨師範学校理科主任を務めている時に
市川さんと一緒に水晶の研究をしていた言うことでした。
http://www.city.echizen.lg.jp/office/090/030/koukaidou/h23_itikawa.html
直接の担当の方は不在でしたが
スタッフの方の案内 ありがとうございます。
展示室内の様子 スタッフに許可を取って遠目に撮っています
基本は撮影禁止です。
2011年06月19日
京都造形芸術大学教授 故 田辺昭三さん
このブログの記事に関して、大変重要な人物
田辺昭三さんの文庫が掛川図書館にあるので
本日そちらに寄ってみた。
田辺昭三さんとは?
棚を巡ってみてもそれらしき棚は無かったので、係員に問い合わせしたら
地下書庫にあり、通常は一般公開していないとのこと。
目録があるとのことで、見せて貰った!!!!
なんと、それも厚さ五センチ以上ある。
ウィキペディアによると14000冊あるとか。
とりあえず、目録を一通り捲ってみたけどとても大変。
結局、端末を使ってキーワード検索 通常の書棚にある本の中から
本人にかんする行動を見てみた。
「田辺昭三古稀記念論文」
これを読んでいくと中国への調査団の時期と本人のことが解ってきた。
1997年中国尼雅遺跡の出土遺物調査 そして基調報告がされている。
それ以降に発行された書物は無いようなので、それに関係した報告書が
このブログの秘密に関わる部分を彩るのでしょうか?
また、時間を掛けて調べていこう。
田辺昭三さんの文庫が掛川図書館にあるので
本日そちらに寄ってみた。
田辺昭三さんとは?
棚を巡ってみてもそれらしき棚は無かったので、係員に問い合わせしたら
地下書庫にあり、通常は一般公開していないとのこと。
目録があるとのことで、見せて貰った!!!!
なんと、それも厚さ五センチ以上ある。
ウィキペディアによると14000冊あるとか。
とりあえず、目録を一通り捲ってみたけどとても大変。
結局、端末を使ってキーワード検索 通常の書棚にある本の中から
本人にかんする行動を見てみた。
「田辺昭三古稀記念論文」
これを読んでいくと中国への調査団の時期と本人のことが解ってきた。
1997年中国尼雅遺跡の出土遺物調査 そして基調報告がされている。
それ以降に発行された書物は無いようなので、それに関係した報告書が
このブログの秘密に関わる部分を彩るのでしょうか?
また、時間を掛けて調べていこう。
2009年12月15日
史博士文中编号18的是足立喜六
足立喜六(1871~1949),他是日本静冈县人。1898(明治31)年毕业东京高等师范学校,
1906年至1910年之间在陕西省西安城居住了四年之久。
足立作为陕西高等学堂(现西北大学)的教习,一边教授数学和物理,一边访问西安史迹,亲自动手测量、拍摄照片,搜集资料。足立后来整理了实地调查的资料,出版了《长安史迹の研究》(《东洋文库论丛》第20期之1、2,1933年初版;《长安史迹考——中国早期考古调查报告》,线装书局, 2006年1月)一书。此外,他还出版了《法显传》、《大唐西域求法高僧传》、《大唐西域记の研究》,以及下文所述《入唐求法巡礼行记》等译注、著作。我们研究班的同事、学习院大学副教授村松弘一这次因故未能与我们同来西安,他获得了日本政府科学研究费补助金,得到了侯甬坚教授、李令福博士等中国学者的协助
1906年至1910年之间在陕西省西安城居住了四年之久。
足立作为陕西高等学堂(现西北大学)的教习,一边教授数学和物理,一边访问西安史迹,亲自动手测量、拍摄照片,搜集资料。足立后来整理了实地调查的资料,出版了《长安史迹の研究》(《东洋文库论丛》第20期之1、2,1933年初版;《长安史迹考——中国早期考古调查报告》,线装书局, 2006年1月)一书。此外,他还出版了《法显传》、《大唐西域求法高僧传》、《大唐西域记の研究》,以及下文所述《入唐求法巡礼行记》等译注、著作。我们研究班的同事、学习院大学副教授村松弘一这次因故未能与我们同来西安,他获得了日本政府科学研究费补助金,得到了侯甬坚教授、李令福博士等中国学者的协助
2009年12月05日
最新版の紹介
興味のある人は飛びつくが
そうで無い人には、無用の長物 ですね。

目次は
關中の形勢/漢唐の尺度及び里程考/秦以前の遺蹟/漢の長安城/漢代の陵墓/逍遙園/惰唐の長安城/唐の長安の名蹟/著名なる道觀/現存せる唐代の佛寺/外教の寺院/唐代の陵墓/長安の古碑
そうで無い人には、無用の長物 ですね。

目次は
關中の形勢/漢唐の尺度及び里程考/秦以前の遺蹟/漢の長安城/漢代の陵墓/逍遙園/惰唐の長安城/唐の長安の名蹟/著名なる道觀/現存せる唐代の佛寺/外教の寺院/唐代の陵墓/長安の古碑
2009年12月05日
私の4世代前の先祖さま
足立喜六という人物を調べるにあたり
ネットの力を借りたいと思います

●解っている関連する人物 & thanks
故 田辺昭三 京都造形芸術大学 田辺文庫 掛川図書館
現在調査進行中 学習院大学東洋文化研究所
最新版発行 鳥影社
●書籍情報
考証法顕伝
讃観音大士釈迦集
大唐西域記の研究
大唐西域求法高僧伝
長安史跡考
長安史跡の研究
入唐求法巡礼行記
法顕伝 中亜 印度 南海紀行の研究
とりあえず聞いたことあるインデックスをリストアップしました
まだ、内容は未知です。
ネットの力を借りたいと思います

●解っている関連する人物 & thanks
故 田辺昭三 京都造形芸術大学 田辺文庫 掛川図書館
現在調査進行中 学習院大学東洋文化研究所
最新版発行 鳥影社
●書籍情報
考証法顕伝
讃観音大士釈迦集
大唐西域記の研究
大唐西域求法高僧伝
長安史跡考
長安史跡の研究
入唐求法巡礼行記
法顕伝 中亜 印度 南海紀行の研究
とりあえず聞いたことあるインデックスをリストアップしました
まだ、内容は未知です。


